自動車を、車外の運転者(遠隔運転者)が通信システムを用いて遠隔操作・運転する「遠隔運転システム」では、走行の安全のために、
システムとしての適格な技術要件が求められ、あわせて遠隔運転時の走行条件を規定することも必要になります。
とりわけ、車両と遠隔運転者間の通信等遅延時間に関する特性は、遠隔運転システムの性能を表す基本的、
代表的な技術要素で、遠隔運転の安全走行の規定に深く関係してきます。
ソリトンシステムズでは、長年に渡る遠隔運転システムの開発、多くの公道走行等の運用実績に基づき、 ISOに関連する公式の規格審議機関に対し規定案審議の付属文書として、
を提出しました(以下「付属文書」、本文末尾に参考として掲示)。
この付属文書は、遠隔運転システムの技術要件として、車両と遠隔監視者との間の通信等遅延時間を主たる対象に、
遅延時間の存在及びその値がもたらす運転への影響を明らかにするとともに、遠隔運転の安全走行のための規定方法と規格値について考察したものです。
この【解説】文では、上記付属文書でソリトンが提示した規定案の骨子について概略を解説します。
遠隔運転システムで考慮する遅延時間は以下の3つです。
このうち、本解説では主に(A)、(B)の遅延時間について分析します。(C)については、その可能性を含めて現在まで本格的な解析検証がされていないため、この解説では説明を割愛します。
遅延時間は短ければ短いに越したことはありませんが、一律に遅延時間の絶対値のみで規定するのではなく、
遠隔運転車の走行スピードと、システムの遅延時間との関係に着目した安全性の規定も考えます。
安全上、遅延時間の大きいシステムでは走行スピードはより遅く、逆に遅延時間が小さいシステムでは、
より速いスピードでの走行が可能になるであろうことは、直感的に理解できることです。
以下、付属文書に対応し、規定案1~規定案4が、遅延時間と走行スピードの関係性に着目した規定案、 既定案5が映像遅延時間の絶対値に関する規格案です。
直接運転走行おける運転者が、車両内で障害物を視認し、急制動を掛けた場合に車両が停止する位置(付属文書図2のC0)と、同一スピードでの遠隔運転走行において、
遠隔運転者がモニタ上で同じ障害物を視認し急制動を掛けた場合の実際の車両停止位置(付属文書図2 のC1)を比較します。
両者の実際の車両停止位置(直接運転時における障害物視認時の車両位置を基準とする)は、システムの遅延時間がある遠隔運転の方が、
遅延のない直接運転よりも、長く(より前方で停止)なります。
この停止位置の遠隔運転による増加量を、1m以内に抑えることを規格案とします。
すなわち
v(TGG + TCS+⊿) ≤ 1.0m (⊿の存在する可能性がある場合)
v(TGG + TCS) ≤ 1.0m (⊿がほとんど無視できると想定される場合)
ここに、後者の場合(⊿が無視できると考えられるケース)では、 往復遅延時間 TGG+TCS が約0.2秒の場合、走行許容スピードは 約18km/h となります。
これは、警察庁が「自動運転の公道実証実験に係る道路使用許可基準(令和2年9月、最新更新 令和5年4月)」(いわゆる遠隔運転ガイドライン)で示している 遠隔運転(遠隔型自動運転)走行に関する基準です。
規定案1において、遠隔運転での走行スピードを、その基準とした直接運転でのスピードから減速していくと、
停止位置に関する両者の差は縮小し、ある減速値で両者の停止位置は一致します。
つまり、各道路の制限速度で走行する直接運転車が急制動を掛けたときの停止位置に、遠隔運転車の急制動時の停止位置が一致するよう、
遠隔運転車を減速して走行させれば、遠隔運転車が直接運転車に追突することはありません。
これらを図示したのが付属文書図2のC0(制限速度で走行中の直接運転車の停止位置)、付属文書図2のC2(減速値で走行中の遠隔運転車の停止位置)です。
ここで両者は一致(C0=C2)しています。
これを満足する遠隔運転の減速値は、遠隔運転システムの有する往復遅延時間をパラメータとして、2次方程式を解けば求められます(付属文書;図2の解説を参考)。
往復遅延時間 TGG+TCS が約0.2秒の場合、30km/h以下の制限速度の道路ではその制限速度からの遠隔運転走行の減速値は約3~4km/hになります(付属文書;図1)。
(注)規定案2は、これのみでは、遠隔運転での遅延時間に対する安全走行スピード絶対値の制約を与えるものではなく、単独規定としては安全上課題があります。
従って、規定案2はこの解説書の他の規定が定める遠隔走行スピード上限値の範囲内であることを前提に、
定められた制限速度道路での遠隔走行としての最高速度制限のために活用することとします。
安定的に直線道路を遠隔走行している状況において、遠隔運転者が何らかの運転操作を行う場合、操作時点でのモニタ映像における画面車両位置(付属文書図3のB)と、
この操作による実際の作動開始位置(付属文書図3のC)との間で、遠隔運転では(単に制御遅延による位置ズレだけでなく)往復遅延時間に起因する前方視覚上のズレが生じます。
このズレは大きくなると安全上問題になります。
従って、規格案1との整合性を考慮し、この前方視覚上のズレを1m以内に抑えることを規格とします。
すなわち
v(TGG + TCS) ≤ 1.0m(直線) (このケースでは、規格1で記述した⊿は問題にならない)
規定案3は、規定案1と一致します。
規定案3で考察した直線走行における前方視覚上のズレは、道路が曲線の場合には正常な曲線ルートから実車がはみ出す要因となり走行上の注意が必要です。
このため、安定的に曲線道路を遠隔走行している状況において、遠隔走行の視覚ズレに起因する実車位置の正常曲線ルートからの「はみ出し幅」を最大でも0.5m以内に抑えることを規格案とします。
曲線角度が90度以上の場合、曲線ルートの曲率半径に関わらず、このはみ出し幅は最大でも往復遅延時間のズレの値を超えません。
また、道路の曲率半径が大きくなるにしたがって、視覚ズレによるはみ出し幅は急速に小さくなります(付属文書図4)。
従って、
v(TGG + TCS) ≤ 0.5m (カーブ)† (このケースでは、規格1で記述した⊿は問題にならない)
往復遅延時間 TGG+TCS が約0.2秒の場合、曲線での走行許容スピードは 約9km/h となります。
規定案4は、それぞれの遠隔運転車について、
曲線走行は直線走行の50%以下のスピードで走行することを要求しています。†
† この減速条件は、カーブの半径が、車両の最小回転半径より十分大きければ考慮する必要はありません。実際どのくらいまで小さいカーブ半径の時に車両の減速が必要となるでしょうか。
付属文書図4追補に基づく解析から、カーブの半径は、車両の最小回転半径の約2倍よりも小さい急カーブにおいて、減速が必要となることが分かります。
通常の車両の最小回転半径は約6mですので、実際には、カーブ半径が約12m以下の急カーブ走行の場合に、ここでの観点による減速が必要となります。
この規定案は、映像遅延時間の絶対値に対する規格案です。
遠隔運転での曲線走行時において、特に不慣れな遠隔運転者は、曲線走行終了地点でしばしば軽い蛇行現状を引き起こすことがあります。
これは、映像遅延により実車位置とモニタ上の車両位置との間に、左右方向に多少の視覚ズレがあること、並びに遠隔運転者の操舵制御による実車での実際の作動状況が、
映像遅延があるため遠隔運転者側の認知が遅くなることなどに起因します。
この現象は、専ら映像遅延の絶対時間に影響されますが、一方で走行速度を低下すれば直ちに収束します。また遠隔運転者の習熟により回避可能です。
現在、詳細な解析と対策について研究中であり、経験的に以下を暫定の規定とします。
TGG ≤ 300m秒 【暫定規格】
(以上)